通りすがりに失礼をば

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義妹の結婚式の日、僕は午前2時に八伏を出発し三重に向かった。
こんな時間に人通りがあるわけもなく、ましてや八伏、田舎である。
快調に飛ばしていた。
すると横断歩道、まさか人影が見えた。
白いハシゴの二本分ぐらいだったと思う。
左の道脇から変な感じで上半身だけが飛び出ている。
急ブレーキ。
(なんや?なんなんや?)
(「頭だけ轢いてください!」って頭下げとるんか!?)
(どんな神経やねん。自分の顔が嫌いなんか?)
思考がやたらと早く回るぶん、景色がゆっくりと通り過ぎていく。
(間に合わん)
と思った瞬間、人影はヒュイっと面を上げた。
ブレーキ痕をハシゴに残しつつ人影を横目に見たとき、
僕は度肝を抜かれた。
バッと後ろを振り返ったとき、それは横断歩道の真ん中で一時こっちを眺めてから、一時停止早送り、消えるように走り去っていった。
その辺りの主かと思わせるほど立派な鹿であった。
あまりのビックリ体験。
その日もし義妹にスピーチを頼まれたら、話出しは決まったようなものだ。
「鹿とは神の使いだそうです。
 なぜこんな話をするかといいますと、
 嘘みたいな話ですが、今朝、鹿に遭遇いたしました。
 たぶん今日の私は、神の使いに委託された、神の使い代理。
 初めまして神の使い代理、千石弥一です。」
この日曜に、アフロディテさんと友だちとで二度目のマジックアワーを観に出かけた。
柳沢慎一さん扮する高瀬允の名言、
「マジックアワーを逃したとき、どうすればいいか知っているかね?
 簡単なことさ。
 明日を待てばいいんだよ。」
「こう見えても本番の声がかかると足が震えてね。
 …
 僕がスクリーンの中で立派に見えるとしたら、
 それはスタッフのおかげさ」
という言葉を繰り返しつぶやき、身もだえしながら洋麺亭に昼ご飯を食べにきたときだ。
バックで駐車した直後、突然ディテさんが叫んだ。
「あっ!」
すぐさまディテさんは下車し、後ろに流れている用水路に走った。
ネコがひっかかっている。
人が水路に下りるための足場であろう、側面にコの字で突き出た輪っか部分から上半身だけを出し、三毛猫は下半身を水に揺らしていた。
浮き輪で救助を待っている水難者みたいな感じで、それ以上は這い上がれないのであろう。
三毛はひっかかったまま力なく鳴いていた。
水に濡れているせいか痩せ細って見える。
残念ながらアフロではない。
一瞬『写真に撮りたい』と思った衝動を僕は抑えた。
理由はいうまでもないが、アフロディテさんだ。
もし撮ろうものなら、瞬時に彼女の冷たい視線で射抜かれ、石にされるのは目に見えている。
少なくとも三毛猫の写真と一緒に、水路に落ちた僕が携帯のライブラリーに収められるのは間違いない。
三毛は助けられ僕は流される、めでたしめでたし。
そんなシナリオは避けたい。
ネコ救助を最優先にした。
昨日から降り続く雨に水路が増水している。
ひっかかりながら水をゲホゲホ吐いているところを見ると、相当流されてきたのかも知れない。
よくそこにひっかかれたものだ。
そしてよくディテさんは見つけたものだ。
「服が汚れるから代わって」と僕がいうと、
「引き上げられそう?」助けようとしていたディテさんがどいた。
一番心配なのは、捕まえられまいとして逃げ、三毛がまた水の流れに飲み込まれてしまうことだ。
僕は三毛の進行方向を右手で防ぎつつ、噛ませつつ、血を流しつつ、「ここで『イタっ!』なんて叫んで動揺してたら男の子じゃないよ」と自分に言い聞かせつつ、左手で何とか捕まえ両手でゆっくりと引き上げた。
仲間内で小さな歓声が上がる。
本当は写真に撮りたかったのだけど、なんていえない。
引き上げた瞬間の三毛はピョーンと僕から二馬身ほど逃げ、こちらをうかがっていた。
ご飯を食べてから戻ってきてみると、三毛がまだそこにいた。
濡れた体を雨風にさらしながら、遠くから見ても判るくらい震えている。
「病院に連れて行かなくていいかな?」
ディテさんが疑問形で訊くときは、八割がたそうしたいと心が決まっている。
病院に連れて行くだけならノラに戻れるだろう、そう思い捕まえに行こうしたが三毛はそれを察したのか、またピョーンと逃げ、遠くの方で僕をにらみつけた。
三毛がいた場所のまわりに、泥にまみれたウンコと、ドブの草を吐いたような跡がが残っているのを見て、「きっともう大丈夫だ」と確信した。
一日たった今日、車を運転していて急にネコが飛び出してきた。
急ブレーキを踏みつつ、道をわたり終えるネコを右目で追っていると、
ふと止まって、こちらを見つめていた。
「昨日の三毛や」
直観だ。
本当にそうなのかどうかは判らないが、顔のシャープな感じと睨んでくる目がズバッと昨日の映像と重なった。
それに、昨日の三毛だと思う方が素敵でいい。
突然の再会だ。
「よく会うわね」
ぐらいで、お礼を言いにきたわけではないだろう。
バックミラーをのぞくと、三毛はまだこっちを向いている。
嬉しくなって頭を下げ、またミラーのぞくと、三毛はいつのまにかどこかへ消えてしまっていた。


アフロ妹子
違うと思うわ
アフロ猫
やっぱりそう思う?
アフロシロキチ
お礼ちゃうくて、
「助けられんでも大丈夫やってんけど
 助けられたってん」って言いにきたんちゃう
アフロ猫
ほんとネコって恥ずかしがり屋さん
それにしても、よく場所がわかるもので
アフロシロキチ
ネコの霊感はすごいんやから
なめてもらったら困るで
アフロ妹子
いや、違う
アフロシロキチ
…ネコには霊感がない言うんかいな?
アフロ妹子
今日の三毛は、昨日の三毛じゃないわ、きっと。
このあんぽんたんども。
アフロシロキチアフロ猫
……