六甲学院「坂登りデッドヒート」

NO IMAGE

登校。
なんでこの熟語は「登る」なんだ?という疑問を持たせない学校がある。
我が母校、六甲学院だ。
中高一貫、私立六甲学院は山の中腹にあるような学校で、最寄り駅から徒歩20分、ずーっと登り坂である。
車で行ってみるといい。
ジェットコースターが落ちる前の、あのカタカタ登っていくとき感じる高揚感が、あなたの車で味わえる。
それくらいの傾斜なのだ。
朝七時半過ぎ頃か。
ワラワラ多くの六甲生があの坂を登って学校へ向かうのだが、入学したての中1は、ぜーぜーはーはー、どんどん上級生に抜かされていく。
私も、すげー、と思いながらヒョウヒョウとしたその背中を拝んだものだ。
入学して三週間たった頃になると、慣れの早い一年坊主なら、友達と談笑しながら登っている団体様を、すー、っと抜かせるようになってくる。
大変なのは、同じく一人で登る同期を抜かすときだ。
六甲生御用達の文具店を越え、右折で路地に入り、川を橋で渡って、坂が急になってくるあたり。
あそこで抜かすのが一番いけない。
背が低く、汚れきってない白いシューズ、肩にかけたあまりにデカすぎる鞄は置き勉(※)をしていないのだろう。
プラス肩パッドが盛り上がっていれば間違いない。十中八九、中1だ。
どんどん奴の背中が近づいてくる。
友達でありますように、でなければプライド皆無君でありますように。
そう願いながら抜かしたとき、目があった。
カ~ン♪
ゴングが鳴ってしまった。
奴はやはり先輩でもなければ友達でもない。
どうやらご丁寧にプライドも高いようで、さっき遅かったはずのペースを私に合わせてくる。
もちろんこっちも負けていられない。
そして、もしかしたら…ということもある。
少しペースを上げ、確かめてみる。
あっちも上げてきた。
やはり心の中のゴングは、確実に鳴っていたのである。
こうなってくると「何俺はアホなことしとんのや」と客観視できないから不思議で、
同期ってこと以外は何も知らない相手と、確かに同じ闘志でゆるやかな等加速度直線運動をすることになる。
上がってくるのはペースだけではなく、坂の傾斜もどんどんきつくなってくる。
息を切らせることはできない。争っているのではないのだから。
チクショウ…この円のくぼみを敷き詰めた坂が一番キツいんや、なんてことも思ってても言えない。
意地がある。
まだペースを落とさんのかこいつ、と私は時計を見る。
急いでいるフリをするために、そして時計を見る余裕を見せつけるために。
くぼみゾーンを抜け、マンション街も抜け、松蔭女子大への交差点を過ぎる辺りがラストスパート。
緩やかに左に曲がるカーブを抜けると第三グラウンドが見えてくる。
頼む、ここから入ってくれ…と願うも相手は入らない。
校門までの延長戦が決定した。
桜並木一直線、左には無駄に大きい学院の敷地。
最後の最後のラストスパート、ペースも限界ギリギリ、最高潮に達した二人はもう止まれない。
中二中三の先輩はもちろん、今の二人は高校生だってごぼう抜き。
当然会話なんてない。言葉なんていらない。
ただただ殺伐としたオーラをかもし出した二人は、校門めがけ並列で突き進んでいく。
しかし、あくまで競っているのではない。
異常に不自然な徒歩は百も承知だが走り出したりはしない。
それが暗黙の了解である…はずだった。
ラスト50m付近で奴は、
「やべぇ」
一言いったかと思うと走り出しやがったではないか。
入学したての中一に用事なんてあるはずがない。
急ぐ理由なんて絶対でっちあげ、嘘に決まっている。
が、その後、自然と私の口から出た言葉に驚いた。
「ほんまや」
負けじと私まで走り出した。
本当の本当のラストスパート、デッドヒート、校門めがけて走り登る。
もう体裁なんて言ってられない、はーはー息をきらし、デカイ鞄をお互い振り回し、
ゴーーーーーーール。
結果はインを走っていた私がややリードか…ほぼ同着であった。
学校についてからも会話をかわしたりはしない。
あくまで水面下の競技なのだ。
互いの健闘をたたえ抱き合いたい気持もないではないが、一言だけ交わした
「やべぇ」「ほんまや」
の用事をすませに散っていく。
そして同じタイミングで隣り合った教室に入る瞬間を目の端で目撃してしまう。
このときの気まずさといったらない。
それから月日がたち、上級生になるにつれこの時期、つまり4月5月の風物詩を楽しむようになる。
入ってきたばかりの中1二人が、無言のまま怒濤の勢いで坂を登っていく…しかし走っていないのであれば間違いない。
なんとも言えぬ魔法に取り付かれた、六甲坂デッドヒートである。
そんな二人を見ては、昔の自分を思い出して口元を上げてしまう。
が、高三になってもう一つのデッドヒートを知ることになるとは思いもよらなかったのだが、その話はまたいつか。
長い文章、最後までありがとうございました。
ちなみに本記事に登場した「※置き勉」ですが、漢字に変換したのは今回が初めてで、正しいかどうかは判りません。
ただ在学中に使っていた「オキベン」の意味は、勉強道具、おもに教科書を置いて帰ることです。
それは本来禁止されていて、目をつぶってもらえない中一の時期は、ちゃんと持ち帰りするあまりカバンが自然と大きくなってしまったのですね。
学年が上がるごとに本来なら教材が増え、カバンも大きくなっていくはずが、
上級生になればなるほど、薄っぺらい、下敷きしか入っていないカバンを持って登校するようになるのです。
六甲パラドックスの一つですね。
あなたの母校には、どんな伝説があるのでしょうか?