天気雨の別れ

天気雨の別れ
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「サヨウナラ…」
喫茶店、片言で弱々しい女性の声が聞こえて振り返ってみると、異国のカップルが店を後にするところであった。
奥にいる店員さんは気づかないようで、返事はない。
一瞬二人と目があったので、少し微笑んでから、すぐ向き直った。
もうこの二人とは逢えないのだろうと思うと、もっと手を振ったり「さようなら!」と別れの挨拶をしたりすればよかったなという気がしてきた。
そっと、姿が見えなくなるまで背中を見送ってみた。
塾ではおもに中学三年生を担当している。
受験もあり責任が重い。
思い入れも自然と強くなってくる。
体もほぼ大人なら、いっぱしの要求だってしてくる。
同じ目線でやってしまう。
「ウザい、キモい、シネ!」
言葉の悪さ、態度の悪さに叱るを通り越して、怒り、喧嘩にもよくなった。
ある時など、男子生徒が机の上にあぐらをかいていたので、無言でTシャツの襟首を掴み引きずり落とし、そのまま玄関にシュート、上からスリッパを投げつけてやった。シバかれなくてよかったと思う。
初めてのときだったか、担当した中三が卒業していった次の日、自分がその子達に授業をしていた教室へ行って、それぞれの生徒の椅子に座ってみたことがある。
基本は自由席なのに、なんとなし、いつもみんな座る場所が決まっていて、同じ方向から同じ声が日によって違った調子で教卓に届いてきた。
この席からあいつは、どんな気持で自分を見上げていたのだろう…
あの子は、ここからどんな思いで最後の授業を受けたのだろう…
「『芥川龍之介』読めるよな?」
「ち、ちゃがわ?」
この席で本気で応えていた生徒の真面目な顔を思い出しながら、顔は笑っているのに天気雨みたいに目から流れるものがあった。
今も中三を担当している。
ワガママ、愚痴、文句、悪口、不平不満…
しょうがない奴らだと思うときもあるが、この子たちとの別れも、刻一刻と迫ってきているのだろう。
一瞬の出逢い別れなら、寂しさも、すっ、と喉元をすぎてくれるが、長いつきあいになってくるとそうはいかない。
子どもの巣立ち、親友の門出、慕う人の死…
別れの形は数あれど、今までそこにあったものが急に失われる様は、等しく寂しい。
「私たちのワガママ、俺らの文句、聞けなくなって寂しいんでしょ?」
頭の中で小憎らしい卒業生たちが笑いながら語りかけてくる。
そうかもしれない、
とりあえず笑い返してやった。