シーソーの恋

NO IMAGE

幼稚園の頃、子どもという名をほしいままにしてきた私は、公園の遊具を我が物顔で使い、
ブランコに乗れば、お祖父ちゃんを召使いにして背中を押させ、
回転ジャングルジムに乗れば、友人たちを家来に仕立てて回させた。
ガキ大将だったわけではない。
少数派好きの私は、そのとき人の使っていない遊具を我が物顔で使い、
回転ジャングルジムにしたって回す方が人気があったのである。
ただポツンと独り中に座って、心の中で
「お前たち、さぁ回せ。私のために回すのだ!」
とつぶやいていただけである。
我が物顔、独り王様気分の私も、どうしても恐怖としかいいようがない遊具があった。
シーソーである。
シーソー…。その響きもさることながら、あのいつくるか判らないお尻の痛み、あなたも経験があるのではないか。
相手は、雪、という名の女の子だったと思う。
上は宮野だったか。
漢字は当て字だがミヤノユキという音は合っている気がする。(仮名)
なんとも大和撫子な響きを名に持つ少女だったが、アラレちゃんのパワーをそのままに、性格だけ無邪気さを悪意にとっかえたような…
気弱な少年には悪魔のような存在であった。
幼稚園の休み時間、そんな雪ちゃんと一緒にアレに乗ったのがそもそもの間違いだったのだろう。
シーソーのギーコーギーコーに体をまかせ、ボーっとしていたら、不意に一番高いところでピタッと止まった、と思うやいなや
「ヘーイ♪」ガン!
お尻の下で地球が割れた。
「キャハハハハ♪ギロチン成功!!」
バーカバーカと小さくなりワイワイガヤガヤの園児達の中にとけていく雪ちゃんを、
シーソーの手すりにつかまりながら、
鈍い痛みの残るお尻を右手でさすりながら、
涙目になって見つめていた。
以来、シーソーに乗るときは、どうしても落とされる準備をしてしまう。
あんなに単調でおだやかで心地のよい乗り物なのに、相手を信じられないばかりに楽しめない。
高いところにいけばいくほど、幸せな気分とともに不安が大きくなってしまう。
子供時代の小さな体験は、後々のその人の生き方に知らず知らずのうちに影響しているような気がする。
少なくとも私の恋は、このシーソーのようなものであった。
何度落とされても、また、しょうこりもなく乗ってしまうのだけど。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。