コーヒーと女には勝てない

コーヒーと女には勝てない
コーヒー

「朝の一杯」と、お湯を沸かし、いざ淹れようかというときまで気がつかなかった。
コーヒーが切れている。
しょうがないので、というのも悪いぐらいイイ紅茶っぽいのを淹れ、朝の一杯にあやかれなかった気持に決着をつけた。
決着をつけたといいつつ、ないものは飲めない、飲めないものはしょうがない、しょうがないことは虫がおさまらない。
ということでコーヒーの文句でもいってやることにした。
コーヒーの奴は、私にとって敗北の象徴であったりする。
話は小学三年の時分にまでさかのぼって、その頃の私はというとスイミングスクールに通っていた。
阪急バッファローズ関係のスクールであった気がするので、阪急スイミングスクールといった気がする。
スクール専用のプールで、一般には開放されていなかった、と思う。
今はどうかしらないが、その時代は猫も杓子もスイミングスクールに通っていて、スクールに行けば、驚くべきことに周りの誰に聞いてもスイミングスクールに通っているらしかった。
今思えば、うちの親は世間に右へならえというところがあったから、誰かが通わせているのを見て「スイミングスクール楽しそうだね」と私を誘導にでもかけたのであろう。
いつのまにか、水着を着て、原色黄色の水泳帽に坊主頭をおさめ、プールサイドに体育座りをしていた。
自分でいうのもなんだが、スポーツ万能で、運動神経はなかなかのものであったと思う。
ちょこまかちょこまかと抜群の反射神経。
野生猿のような動きでドッチボールを避け当たらない(小さかっただけかもしれない)。
最後に独りになり、英雄扱いされることも多かった(独りでドッチをしていたのかもしれない)。
たっぱがなかったことだけが弱点だったが、足が短いクセにクラスで一・二を争う俊足であったし(ドベの者でも「俺が一番だ!」と口喧嘩することができる)、フラフープは5分くらい回し続けられるわ、自分より身長の高い竹馬にも乗れたりした(チビの反撃)。
相当自信を持っていたのだと思う。
「女になんて負けない」と今では口が裂けてもいえない、思いすらしないことを実家の個室トイレで豪語していた。
スイミングスクールに一緒に通っていた幼なじみでAさんという方がいる。
ショートカットで、細くてスラっとしていて、目がシャープな狐系インテリ美人の女の子だった。(だった)
今は秘書をしているAさんが、信じられないことに当時スクール水着を着ていた。
彼女の名誉のために明記しておくが、普段は普段着である。
普段着がスクール水着なのではない。
幼稚園も一緒、小学校もクラスも一緒、スクールまで一緒のAさん。
そんなAさんに負けたくない。絶対負けたくない。
だって男の子やもん。男は女の子に負けたらあかんねやもん。
っていうか、できればエエカッコ見せて「アフロ君かっこいぃ~」みたいなぁ~、うは、うははははは。
意気込みむなしく、見事に散った。
スイミングスクールには級がある。
15級ぐらいから始まって数が若くなるほどレベルが高くなる。
はじめは一緒だった級も、あっちゅう間にAさんは8級。私は12級でくすぶった。
他の男友だちだってどんどん上がっていく。取り残されていく。
溺れているのか、泳いでいるのか判らないようなクロールをしながら、Aさんと友だちが一緒に泳ぐコースが目の端に入ってくる。
笑い声の密度が、そのコースだけ異様に高い気がした。
猿は泳げないのだと思う。
陸と海は違うのだと思う。
短足でも速かった足は、水を蹴らず空気を蹴り続けた。進むはずもない。
空回りが過ぎる。
フラフープを5分回せる体力もすぐ底についた。
もしかしたら、腰の体力だけで、全体的な体力はなかったのかもしれない。
マラソンも苦手だったことを今、思い出した。

敗北の味

スクールの終わる頃に親が迎えに来てくれた。
そのとき「お疲れさま」の意味でアイスクリームかジュースを買ってもらえる。
アイスは雪見だいふくで、ジュースならUCCの缶コーヒー。
「コーヒーは大人の飲むもん。プールなんて子どもの遊びやわ」とでも思わねばやってられない。
茶色白臙脂の三色の甘いコーヒーを、腰に手をあて一気に飲み干した。
あれからだったかもしれない。
結局のところ女には勝てないと思うようになったのは。
女性と争わなくなったのは。
恋の駆け引きをしなくなったのは。
なんだか甘いコーヒーが飲みたくなってきた。
文句をいうつもりが恋しくなってしまっているのがまた腹立たしい。